33年間全中建会長を努めた 鈴木最高顧問が逝去
中小のために数多くの功績
33年間にわたって全中建会長として中小建設業界の地位向上と中小建設業企業のレベルアップに努力された鈴木光男(ずずき・みつお)全中建最高顧問が10月9日、老衰のため93歳で死去した。葬儀は、13日に執り行われた。葬儀委員長を愛知県土木研究会会長である松井守夫全中建副会長がつとめた。
鈴木光男最高顧問は、1964年に社団法人全国中小建設業協会がスタートした翌年の6月10日に二代目会長に就任、以来文字通り中小建設業の顔として、リーダーシップを発揮、全中建組織を立派なものに築き上げた。1997年6月4日の総会で勇退、後進に道を譲った。

この間、中小建設業者の受注機会の確保、建設業振興基金の設立、建設業7団体会長会議の提唱、1級土木施工管理技士制度特別研修の実現、第一次オイルショック時の請負代金増額措置の実施など数多くの功績がある。これらにより、昭和39年7月建設大臣表彰を受彰、昭和45年11月藍綬褒章、昭和60年秋に勲三等旭日章を受章した。
鈴木最高顧問は、大正4年6月の生まれで、昭和16年に陸軍士官学校を卒業した。このため、旧日本陸軍の現役将校として終戦を迎え、荒れ果てた国土の建設復興こそ自分に課せられた責務であると痛感し、昭和21年朝日土木㈱に入社、昭和24年には、豊橋市に朝日土木興業㈱を設立、代表取締役社長に就任、平成2年4月に会長に退くまで、41年2カ月にわたり建設企業の経営に手腕をふるった。
中小建設業界のためにリーダーシップを発揮し始めたのは、昭和34年頃からで、昭和36年10月には、全中建の前身である全国中小建設業団体協議会の発起人、設立総会議長を努め、推されて副会長に就任、昭和38年9月全国中小建設業協会の設立認可に伴い副会長に就任した。翌年の昭和40年6月、卓越した識見、指導力を買われ二代目会長に就任、33年間も中小建設業界の顔として業界活動を行ってきた。
ここにあらためて鈴木最高顧問のご冥福をお祈り申し上げる次第です。
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